「野生の思考」ブリコラージュとは。

「野生の思考」ブリコラージュとは。

料理人ならば、誰もがまかないを作る経験をしているだろう。まかないは、料理の基本を学ぶ絶好の機会だ。残り物の食材で美味しい一皿を作り出すには、創造力と臨機応変さが求めらる。これは、料理の世界だけでなく、ビジネスや人生においても、新しいアイデアを生み出し続ける力を養うために必要な能力だ。

私が子供の頃、公園や道端で、木の枝や葉っぱ、石ころなど、目についたものを拾ってきて箱の中にしまっておいたものだ。今のようにモノが溢れている時代ではなかったから、この箱は私にとっての宝箱であり秘密箱だった。拾ってきた時は何をするためのとかいう考えなどないが、いつもの遊びに飽きたらその秘密箱を引っ張り出してきてそこにあるものを駆使して自分なりの新しい遊びを考えたものだ。あの頃は箱に集めた枝や石ころを使って、無限の想像力で遊びを創り出すことができた。

鬼ごっこやかくれんぼなどの既にルールが決まっている遊びと、拾ってきたものを寄せ集めて自分でルールを作って遊ぶと言うことの両方を楽しんでいた。だから、常に遊びを発想し続けていたように思う。そして、この発想し続けると言うことが、人生を豊かにしてくれているのだとも思う。

イノベーションを生み出すための「両利きの経営」というのが近年注目を集めている。この「両効きの経営」では、「知の深化」と「知の探索」の両立が重要だとされている。深化とは、経営においては既存事業を深掘りし、伸ばすこと。探索とは、新しい事業を開拓することを指す。

これを、昭和の遊びに当てはめると、深化はルールが確立されている、既存の遊びで強くなること、探索とは、新しい遊びを開発すること。深化はすでに持っているスキルを更に伸ばすこと、探索とは新たな知識を獲得することになる。そして、これはまかないを作ることにも似ている。今までの知識を活かし、それを駆使して、残り物で新しい料理を発想するのだから。

ブリコラージュ(bricolage)と言う言葉を知っているだろうか。ブリコラージュとは、フランス語で「ありあわせの道具、材料を用いて自分の手でモノをつくること」を意味する言葉で、文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが1962年に発表した「野生の思考」で取り上げた概念のこと。

その場で手に入るものを寄せ集め、それらを材料として何が作れるか試行錯誤しながら、最終的に新しい物を作ることだ。ブリコラージュする職人のことを、フランスでは「ブリコルール」(bricoleur)という。ブリコルールはすでにある物を寄せ集めて物を作る人であり、創造性と機智が必要とされる。

ブリコラージュという概念は、既存の物を再構築して新たな価値を創造する行為だから、料理においては、まず残された材料を見つめ、それらを組み合わせながら、妥協と創造性の独自のバランスで美味しい料理に仕上げるということだ。

そして、「野生の思考」の中でブリコラージュと対になる概念として語られているのが「エンジニアリング」だ。料理に例えていうと、エンジニアリングとは、料理の完成形をイメージした上で材料を集めて調理すること。この料理を作ろう明確に決め、レシピを書き始める「設計」が最初のステップになる。

一方、ブリコラージュは、まずは手元にある材料を観察することからはじめる。そして、それらの材料を組み合わせることで、料理を完成させていく。その過程には試行錯誤が付きものになる。様々な選択肢を頭の中で考えながら完成を目指すので、スタート時点からは想像もつかないような料理になることもしばしばある。

ブリコラージュはその語源から「偶然性」や「偶発性」と強い関連を持つ概念でもある。そのため、昭和の遊びに話が戻るが、普段から興味を引くものを目にしたときに、「これ、いつか何かに使えそうだな」と感じ、とりあえず“秘密箱”に入れておく。そうした日常的な収集と観察が、ブリコラージュでは重要視される。

だから我々も常に興味を引いたアイディアや知識は自分の秘密箱にしまっておいてそれをたくさん集めておくことだ。それがいわゆる「引き出し」と言われるものである。この引き出しの数が多ければ多いほど、新しい発想が生まれやすくなる。

ブリコラージュで思い出したのだが、私が好きな中小企業の社長がいる。岡野雅行社長だ。彼は、従業員がたった6人の墨田区にある小さな町工場の社長だ。岡野工業という金属加工会社なのだけど、彼の金属加工技術は世界をも驚かせるほどにすごいものだ。

例えば、痛くない注射針の発明。
今まで注射の針はできる限り細くした円筒の金属を竹槍のようにスパッと鋭角に切ったものだった。この方法だと細くするのに限界があった。そこで岡野社長は、極限まで薄く伸ばしたステンレスの板を円錐状(コルネ状)に巻くという方法で痛くない注射針を開発したのだ。その細さは蚊の針と同じ細さ。理論物理学者にも不可能だといわれたそれを実現させたのだ。当然、世界中の医療機関で岡野社長が作った痛くない注射針が使われるようになった。

これにとどまらず、岡野社長が作り出すものは世界を圧巻していく。
液漏れしないリチウムイオン電池ケースの開発。これは我々が持っているスマホのバッテリーに使われている。元々、バッテリーの箱はどんなに精巧に作っても1万個に一個は液漏れがあった。それは、5枚の薄い板を張り合わせてバッテリーケースを作るため、どうしてもつなぎ目が出来てしまうからだ。

そこで岡野社長は一枚の金属を薄く薄く伸ばしながら「精密深絞り」という技術でつなぎ目のないケースを開発した。つなぎ目がないのだから絶対に液漏れはしない。今、我々の手の平にあるスマホのバッテリーはほぼ全部が岡野社長が発明した技術によるものだ。この技術革命は、ハイブリッド車(HV)用電池の小型・軽量化にも貢献した。

岡野社長の町工場にハイテクの技術はない。岡野社長はこう言っていた「ローテクが大事なんだよローテクが。ローテクがハイテクを作るんだよ」と。まさに、持っている自前の技術とそこにある金属を寄せ集めてハイテクを作り上げたのだ。

特筆すべきはもう一つある。これだけ世界を変えるほどのイノベーションを起こしたのだから、その特許料だけでも莫大なお金が入ってくるだろうと思うだろう。だが、岡野社長はこれらの技術の特許を一つも取っていない。岡野社長は、世界に貢献する技術を独り占めしちゃダメだと言う。特許を取らなかったから、こうして世界で俺の技術が人の役に立てるのだと。これが彼の哲学なのだ。

さらに、「いいも作ったからっていつまでもその技術を自慢しているようじゃだめだ。そんなのはとっとと忘れて次に行かないと次に。いつまでも過去にこだわってたら新しい発想は生まれないんだよ」とも。彼の本を読んで、あまりにも深すぎる岡野社長の哲学と人柄に心を奪われたものだ。

スウェーデンの車の会社であるボルボの哲学も同様に素晴らしい。今では世界中どの車にも装着されている3点シートベルトはボルボが発明したものだ。だが、ボルボは「安全は独占されるべきものではない」とし、この3点式シートベルトの特許を取らなかった。このような哲学が、ボルボを信頼されるブランドへと押し上げた。

これらの話を聞いてみんなはどう思うだろうか。「もったいない!」と思うかもしれない。特許を取っていたら両者とも何百億円、もしかして何千億円というお金を手に入れたかもしれないのだから。でも、この哲学が彼らを成功に導いたのだ。

ブリコラージュは「妥協と再構築」の連続だ。あるもので試行錯誤しながら料理を作るのだから、多くの場合、妥協の上で完成を迎える。その妥協やズレ、いびつさに「その素材らしさ」やつくり手の「自分らしさ」が現れる。同じ材料を使ったとしても、つくる料理人が違えば異なるものが出来上がる。さらに、そうやって出来上がったものが再び“秘密箱”に入れられ、やがて違う場面で違う目的のために使われることもある。こういった試行錯誤のプロセスが繰り返し行われることで創造性に磨きがかかり、新しいものを生み出す力になる。

そしてそれには、コミュニケーション力が問われる。素材との対話により新しいもの(こと)を創造するからだ。まかないは、目の前にある残り物の食材と対話をし、今までにない新しい、自分らしい料理を作ることなのだ。

料理人のまかない作りから、岡野社長やボルボの哲学に至るまで、常に新しい発想をし続ける力は、単なる技術や知識を超えた成功への道を示している。まかないは、手元にあるもので最善を尽くす料理人の姿勢を映し出し、それはビジネスや人生においても、絶えず新しい価値を生み出し続けるための重要な教訓となる。この精神を持って挑戦し続けることが、どんな分野でも成功への鍵となるだろう。

まかない作りがイノベーションを起こす。

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コメント

  1. まかないは料理人が1人前になるための修行だと聞いていましたが、この記事を読んでまかないは奥が深いんだなと考えさせられました。パティシエはまかないを作ることがなく、雇われの人は試作をすることもありません。決められた材料をすべて測って決められた温度と順番で入れていく…改めて料理人とパティシエの違いを見た気がします。
    岡野社長とボルボの話を読んで、少し違いますが松方幸次郎の美術コレクションを思い出しました。日本にまだ西洋美術館がかなった時代に、白黒写真ではなく実物の西洋美術を日本の若者に見せたいと自らヨーロッパへ行き、実費で絵を買い付けた人です。人のために自分の苦労を惜しまない、独り占めしない、そんな人になりたいと、とても憧れました。

  2. @秋山乃里子
    パティシエはまかない作らないんだね。料理人とパティシエって同じ業界だけど、働き方も修行のやり方もちょっと違うよね。確かにパティシエは計量が基本だな。
    松方幸次郎氏のように、「独り占めしない」こと、「与える」ことが出来る人は人生が豊かだよ。きっと幸せなんだと思う。ビジネスでの成功ってそんなに難しいことじゃないけど、人生の成功って難しいからね。
    なので、人生の成功を目指せばビジネスが成功すのは当たり前なんだと思うよ。
    憧れたなら、今度は行動に移そう。

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